柔軟なしくみで子どもたちを支援する

子どもたちが誰ひとり取り残されない教育をめざして

渡邊あや(津田塾大学)

フィンランドの学校というと、とかく理想的なイメージで語られることが多い。実際、現地の学校を訪れ、のびのびとした子どもたちの姿や、いきいきと働く先生方の姿に触れると、「こんな学校で学んでみたい!」、「こんな学校で働いてみたい!」と思うことも多い。

とはいえ、生きづらさを抱えたり、学校で疎外感を感じたりしている子どもたちは、フィンランドにも存在する。2012年にEVA(フィンランド・ビジネス政策フォーラム)が発表した報告書は、フィンランド社会に衝撃を与えた1)。ここで指摘されたのは、9年間の基礎学校(日本では、小学校と中学校に相当)における学習の後、統計上から足取りが消えた若者の存在である。教育にも、労働にも、職業訓練にも参加しておらず、失業手当も貰っていない、社会の外で生きる若者が32,500人に及ぶこと、義務教育(当時)を修了したのみで職のない若者を含めると、その数は51,000人に達することが報告された。この数字は、若者人口(15~29歳)の5%に相当する。

こうした状況に対する危機感は、義務教育制度改革へとつながった。2021年度から義務教育が18歳まで延長されたのである。義務教育の対象には、普通高校だけでなく、後期中等教育段階の職業学校や徒弟制度に基づく教育なども含まれる。こうした改革の背景には、前述の「統計上消えた若者」の存在がある。基礎学校修了後、次のステップへの移行を見届けることにより、若者が社会的に疎外されることを防ごうとしている。

では、学校にうまく適応できない子どもたちはどうであろうか。様々な形で行われている取組のひとつが、JOPO(ヨポ)である。JOPOとは、Joustava perusopetus(柔軟な基礎教育)を略したものであり、一般の学級に適応することが難しい生徒を対象として設置されているクラスである。国内最大のNPO団体であるマンネルヘイム児童保護連合(Mannerheimin Lastensuojeluliitto)が、1990年代から実施していたプロジェクトを発展させ、2006年に国レベルの取組として制度化したものである。ここで目指されているのは、社会的包摂であり、基礎学校修了後の居場所を見つけることであるという。そのため、実施される教育は、「全国教育課程基準」を基盤としているものの、職業体験(職場における実習)や校外学習(見学やキャンプ)などに力点を置いたものとなっている)。

2017年にJOPOクラスを設置しているヘルシンキ市内の学校を訪れた。この学校のJOPOクラスは、1クラス10名で、7年生から9年生の生徒が在籍している。クラスを担当しているのは、特別支援教育教員の資格を持つ教員であり、ユース・ワーカー)と連携しながら学級を運営している。フィンランドにおいて、「特別支援教員」には、所謂特別支援学級を担当する教員だけでなく、学習支援など広範な支援を担当する教員の二種類がある。そのため、職務の幅は広い。担当する教員によると、JOPOクラスを担当する教員には、各教科の専門性以上に、子どもたち一人一人に対する細やかな支援が求められるという。さらに、学校や教員に対して、不信感を持っている場合も少なくないJOPOクラスの子どもたちにとっては、「先生」ではないユース・ワーカーの存在も大きいという。

JOPOの在籍生徒・割合の変遷のグラフ

JOPOクラスで学んでいる子どもの数は、フィンランド全土で約2,310人(2019年)に上る)。この数は、生徒の1.2%に相当する。2011年には1,509人であったことを考えると、その拡大のスピードは速い。近年、定員を増やしてきているものの、まだニーズに応えるには不十分であり、今後さらなる充実が期待されている。

1)Pekka Myrskylä, Pekka. (2012) Hukassa -Keitä ovat syrjäytyneet nuoret?
2)拙稿(2020)「平等性と卓越性の両立をどう図っていくか-フィンランドの選択と葛藤-」『比較教育学研究』第61号、64-77頁。
3)ユースワーカー(nuorisotyöntekijä、nuorisotyö)とは、青少年やその活動の指導や支援を行う専門的な職業である。
4)フィンランド教育データベースVipunenウェブサイト:https://vipunen.fi/【最終閲覧日:2021年11月3日】

渡邊 あや(わたなべあや)

津田塾大学学芸学部国際関係学科准教授。専門は、比較国際教育学、高等教育論。フィンランドをフィールドとして、教育制度・教育政策などを中心に研究を行う。