国立成育医療研究センター理事長 五十嵐 隆
新興感染症とは?
新興感染症(表1参照)とは最近になって新しく認知され、局地的あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症を言います註1)。人の行動範囲が広まることで野生動物と人との接触が増えたため、それまで野生動物間でのみ感染していた病原体が人にも感染するようになったこと(動物由来感染症)、交通機関の発達で人の移動が以前よりも簡単かつ広範囲になったことなどが流行の原因と考えられています。
こどもは感染症にかかりやすい
こどもは、様々な病原体(細菌、ウイルスなど)に対する免疫・抵抗力が健康な成人と違って未熟なため、病原体に接触すると成人よりも感染しやすいです。そこで、予防可能な感染症は予防接種(ワクチン)をこどもの成長過程に合わせて積極的に実施することが国際的な基本になっています。しかしながら、地球上に存在するすべての病原体に対するワクチンを準備することは不可能です。麻疹(はしか)、水痘(水疱瘡)、破傷風などの、一定以上の数の患者がいて、罹患すると死亡したり、重篤な後遺症を呈したりする(さらに費用対効果もある)病原体にのみワクチンが作られています。
ワクチンにもいろいろな種類があります。ただし、麻疹やムンプス(おたふく風邪)など、ほぼ1回のワクチン接種で病原体あるいはその一部に対する抗体ができ、感染を予防できるものと、ジフテリア、百日咳、破傷風、B型肝炎ウイルスなど複数回のワクチン接種を行うことで抗体がようやくできるものがあります。前者は生ワクチン、後者は不活化ワクチンと呼ばれます。ただし、生ワクチンであってもその効果が数年しか持続しないものもあり、その場合にはある程度の期間が経過したらワクチン接種を再度受けることが必要です。さらに、インフルエンザウイルスなどのようにウイルス自身の遺伝子が変化し新しいタイプが流行する場合は、ワクチンも作り変えて毎年接種しないといけないものもあります。
こどもの感染症の感染経路
こどもも成人も病原体が同じなら感染経路も基本的には同じです。ただし、乳幼児は保護者や保育者との接触が非常に近いことが特徴です。また、学童や中高生も学校などで集団生活をする事が多く、さらに、遊びなどを通してこども同士の接触が成人よりも濃厚です。そのため、人から人への感染がこどもでは成人よりも多いことが特徴です。また、こどもの流涙、鼻汁、排泄物などを介して、こども同士あるいはこどもから保護者や保育者に病原体が移される(感染させる)リスクも高くなります。
こどもにとっての新型コロナ感染症
新型コロナウイルスは季節性インフルエンザウイルスよりも感染力が強いと言われています。これまでこどもは感染しないとする報告もありましたが、こどもも成人と同様に感染を受ける事が明らかになっています。しかしながら、成人に比較して肺炎などの重篤な呼吸器障害を呈することが少ない事は現時点でも事実のようです。有効な治療薬や予防可能なワクチンがない現在、こどもも手洗いとうがいの励行、「三つの密」を避ける行動を取る事が必要です。マスクの使用については、科学的エビデンスは余り多くはありませんが、使用することが勧められています。
現時点(2020年7月)で本症が収束する時期は予測できません。生活制限が長期化することで、こどもの心身に大きな影響が出ることが危惧されています。
表1 新興感染症一覧
- 重症急性呼吸器症候群 (SARS)
- 新型インフルエンザ (2009年パンデミック:現在は除外)
- 鳥インフルエンザ
- ウエストナイル熱
- エボラ出血熱
- クリプトスポリジウム症
- クリミア・コンゴ出血熱
- 後天性免疫不全症候群(HIV)
- 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)註2)
- 腸管出血性大腸菌感染症
- ニパウイルス感染症
- 日本紅斑熱
- バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)感染症
- マールブルグ病
- ラッサ熱
- 新型コロナウイルス感染症註3)