虫は好きですか? と問い続けて~虫の命を見つめる先に見えてくるもの

虫は好きですか? と問い続けて~虫の命を見つめる先に見えてくるもの~
小さな命を子どもの小さな手のひらに~懸命に生きる命は「みんなも生きよう」と子どもたちを励まし続ける~

 

 

エッセイスト、絵本作家、盛岡大学短期大学部幼児教育科准教授 澤口 たまみ

昆虫/科学絵本/保育/環境

幼虫は子どもたちにとって触れ合いやすい虫です。

虫に励まされて

書くことを仕事にするようになったのは、1990年に『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)で第38回エッセイストクラブ賞を頂戴したのがきっかけです。本の内容は、ともすると嫌われがちな昆虫について、彼らも魅力的な存在だと訴えたものでした。
そもそもわたしは、ひどく偏屈な子どもでした。言葉はときに凶器にもなると感じてからは、学校ではできるだけ話さないようにしていました。当然、クラスでは変わり者と見られ、しばしばからかいの対象ともなりました。そんなわたしを励ましてくれたのが、野原で出会う昆虫たちでした。
虫たちはどれも、厳しい生存競争のなかで懸命に生きていました。特にわたしの心を捉えたのは、生まれたてのオオカマキリの子どもでした。どれも凛としてカマをかまえ、野に歩み出していきます。クモやアリに食べられて、どんどんと命を失っていくのに、それでもみんな、自分の生命力を信じているのです。

オオカマキリに出会うと、思わず「やあ」と声をかけてしまいます。

なぜ人は虫を嫌うのか

嫌なことがあったり、挫けそうになったりしても、野原で虫を見ると、気持ちがすっきりと前向きになります。(みんなもがんばって生きているから、わたしもがんばろう)と思えてくるのです。
そんなわたしが、虫を見て悲鳴を挙げる人が実在すると知ったのは、大人になったあとのことでした。あまり周囲と話していなかったせいか、みんなも自分と同じように、虫という存在を受け入れているだろうと思い込んでいたのです。驚いたわたしは、周囲の人たちに「虫は好きですか?」と問いかけるようになりました。そして、どんな虫にもチャームポイントがあることを伝えてゆこうと、エッセイを書くようになったのでした。

虫の姿は人間にとっては異質でも、それぞれに意味があり、機能美とも言えます。

虫と親しむ楽しさを子どもたちへ

エッセイを書いていると、やがて科学絵本の仕事をいただくようになりました。と同時に、保育園や幼稚園から依頼を受け、お散歩に同行する機会が増えました。
小さな手のひらに虫をのせると、子どもたちの多くは目を輝かせます。虫という命と触れ合い、何を感じているのでしょう。なかには小さかったわたしと同じように、「生きて」と励まされる子どもがいるかも知れません。
子どもたちは、虫が大好きです。周囲の大人が、子どもが虫と触れ合うことの意義を知り、適切な関りを保っていれば、性別を問わず、虫好きなまま小学校に送り出すことができる、ということも分かりました。
現在は、盛岡大学短期大学部の幼児教育科で「環境」の講義を受け持ち、虫や自然について、子どもと適切に関わることのできる保育士さんを育てようと努めています。虫を見て悲鳴を挙げる学生さんたちを、なだめたり励ましたりしながら、今年も野原を歩こうと思います。

幼稚園での自然観察会のひとコマ。大きなクスサンに子どもたちは歓声を挙げました。
4歳さんはクスサンと出会った感動を絵で表現しました。

澤口 たまみ(さわぐち たまみ)

1960年、岩手県盛岡市生まれ。岩手大学農学部修士課程修了。応用昆虫学専攻。主に福音館書店で科学絵本の文章を書く。宮澤賢治の後輩として、その作品を読み解くことも続けている。絵本に『はるのにわで』(絵・米林宏昌、福音館書店)、エッセイに『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』(山と渓谷社)ある。