児童福祉施設を問いなおす。インクルーシブな子どもの場所をつくる。カミヤト凸凹保育園

インクルーシブ保育は、私たちが「豊かに生きる」ための手段である

 

(福)愛川舜寿会常務理事 馬場拓也

誰もがもつ「凸」に注目し、誰もが持つ「凹」をみんなで埋め合う

愛川舜寿会は1992年創立の社会福祉法人です。特別養護老人ホーム「ミノワホーム」で地域密着の介護施設を運営してきました。2019年「カミヤト凸凹(でこぼこ)保育園」(以下、凸凹保育園)は田畑が広がる神奈川県厚木市に産声をあげました。この田畑が広がる高齢化率の高い地域に保育園を計画したのは、保育園という児童福祉施設が建つことで、まちに子どもたちの声が響く未来図を描いたからです。園名は、誰もが持つ「凸(長所)」に注目し、誰もが持つ「凹(短所)」をみんなで埋め合う、凸凹保育園と名付けました。上谷戸(カミヤト)とは、今の地図には表記されないこの地区の昔の呼び名で、開園当初、近所のお婆ちゃんに「上谷戸なんて懐かしい名前つけてくれたね」と喜ばれました。

撮影©︎yasuyuki takagi
撮影©︎yasuyuki takagi

「異なり」からはじまる、共に生きるための空間

凸凹保育園の大きな特徴は、認可保育園の園舎内に障害児通所支援事業(放課後等デイサービス)を内包していることです。これにより0~18歳の障がいのある子どもたちと園児たちが共に過ごす環境をつくっています。また、南米や東南アジアをはじめとした外国人集住地域であるこの地の特性から、10カ国の子どもたちが共に生活する場になっています。多様性あふれる100名の子どもたちが走り回る全長100mほどの回廊型園舎は、ロッジア(半屋外空間)の研究者である建築家・金野千恵氏の設計です。私たちは、多様な人間を包容するには、「建築」と「異なり」に対する寛容な構えが必要であると考えています。「人を分ける意識」を育ててしまうのは、保育者の心もちやモチベーションだけではなく、共有空間や中間領域のあり方から大きな影響を受けてしまうものだということを念頭においています。ここでは、いかに内でも外でもない「グラデーションな空間」が成立するかを議論し、寺院などに見られる「伽藍配置」からヒントを得て、各棟をつなぐ半屋外空間の廊が、人と人が自然につながり合う動線となるよう設計されています。

撮影©︎aikawa-shunjukai

「インクルーシブ」という“手段”と“思想”

私たちの保育において「目的」と「手段」を整理すると、その多くは「目的」ではなく「手段」であることに気づきます。なぜ、インクルーシブ保育が必要なのか。なぜ、子ども主体の遊びが必要なのか。なぜ、障がいのある子と共にある環境が必要なのか。ときにそれらは、短絡的な「目的」に設定されてしまうこともあるでしょう。しかしながら、突き詰めればそれらは目的達成のための手段に過ぎないということを、私たちはしっかりと捕まえておかなければなりません。“豊かに生きる”という「上位目的」には、それらが欠かせないからにほかならないのです。保育園での多様な交わりや関わりは、子どもたちが10年後20年後に身を置く社会そのものだからです。その中で、人と人とが明るく軽やかに、認め合い共感すること−私たちの法人理念は「共生・寛容・自律」。この理念を柱に実践を進めるなかで最も大事なことは、インクルーシブ保育は目的ではなく、あくまでも豊かに生きるための手段であり、保育における1つの“思想”であるとも言えるのです。

撮影©︎yasuyuki takagi

馬場 拓也(ばば たくや)

(福)愛川舜寿会常務理事。大学卒業後、外資系アパレル企業を経て2010年に現法人に参画。2019年「カミヤト凸凹保育園」を開園。2022年、福祉と地域をつなげる「春日台センターセンター」をオープン。日本社会事業大学大学院福祉マネジメント研究科修了。共著「わたしの身体はままならない(河出書房新社)」「壁を壊すケア(岩波書店)」ほか。