今年9月、国連の障害者権利委員会から日本政府に対して、「インクルーシブ教育の権利を保障すべき」、という勧告が出されました。障害のある子どもが、特別支援学校など通常の学級とは異なる場で学ぶことは障害者の権利条約に反する、と説明しています。このできごとでインクルーシブ教育について、世間の関心が高まったことは間違いありません。では、インクルーシブ教育とはどういう教育なのか、わが国の制度と何が違うのかを見ていきます。
インクルーシブ教育の定義
インクルーシブ教育とは、障害のある子どもが、地域にある学校の通常の学級で、障害のない子どもと一緒に教育を受けることと定義されています。でも多様性が尊重される現在では「障害など多様な特性のある子ども(マイノリティ)が、地域にある学校の通常の学級で、多数派の子ども(マジョリティ)と一緒に教育を受けること」の表現が妥当だと思います。ただ一緒に学ぶだけでは不十分で、子ども一人一人の教育的ニーズにあった教育を保障することが求められます。
図1にインクルーシブ教育のイメージを示しました。通常の学級での教育が中心ですが、少人数指導などの個別指導も提供できるようになっています。インクルーシブ教育を実施するには担任だけではなく学校組織での運用と関係機関との連携が欠かせません。個に応じた指導や支援の提供には個別計画による権利の保障と、その内容を検討する会議が必須なのです。
わが国のインクルーシブ教育システム
平成26年に報告されたインクルーシブ教育システムを図2に示しました。図1との違いは次の通りです。
まず第一に、インクルーシブ教育では教育の場が学校であるのに対して図2では「地域」となっています。つまりインクルーズ(包含)されるのが地域であって校区(学校)ではないことです。つまり、どんな障害でも(特性でも)子どもが住む地域の教育システムで教育されます。二つ目は、図2では特別な学校や学級があることです。可能な限り通常の学級で学ぶことを推奨しつつ、特別な場を選択肢として残しています。三点目は、特別な学びの場を使うためには籍を通常の学級から移動しなければなりません。つまり通常の学級在籍ではないことです。なおインクルーシブ教育の場合でもリソースルームという特別な場を用意しますが、在籍は通常の学級です。
忘れてはならないこと、その子にあった教育の保障
通常の学級で学ぶことはどの子にも認められる権利です。しかし、通常の学級に在籍し、全員が同じ教育を受けるだけでは、その子にあった教育が保障されない場合があります。学習の遅れや知的な遅れがある場合、わからない学習を強要される状態になってしまいます。この状況は、その子にとってよいことではないはずです。ではインクルーシブ教育ではどういった対応をしているか説明します。
多様性への対応として広く採用されているのが三層モデルです(図3)。まずは全員を対象に共通する対応を実施します。学習のユニバーサルデザイン(UDL)など、どの子にもわかりやすく参加できる授業を実施します。しかし、UDLで結果が出せなかった(理解できなかった、目標達成が困難だった)子どもには、よりきめ細かな対応を提供します。小グループや個別学習指導などです。それでも結果が出せなかった場合は、専門的な対応を取り入れます。検査や観察などを通してその子の特性を把握し、その子にあった学習内容を選択します。つまり、障害によって区別するのではなく、指導の(学習の)結果で判断するのです。
障害などのために、みんなと同じ条件では学習が成立しない場合は、特別な支援を提供します。それが合理的配慮です。例えば、書字困難でノートを取ることがむずかしい場合は、タブレットなどの音声入力を認める等です。
なお、あらかじめ共通する対応では結果が出せないことが明らかな場合、保護者や本人が希望する場合は、早期の段階から個別指導を取り入れます。
今後に向けて
子どもたちの多様性を保障し、同じ環境・同じ学習条件で学びができることは当たり前であり権利です。今現在の教育条件がインクルーシブ教育として誰もが納得できるわけではないでしょう。今後の課題として以下を述べます。
①学びの場の自己選択
特別支援学校や特別支援学級をすぐになくすことは困難です。なぜなら、特別な場での教育を希望する子どもや保護者がかなりいるからです。ですが、学びの場の自己選択は必ず保障すべきです。現在は教育委員会が特別な場を強要することはありませんが、選択しなければならない状況に置かれることはあると思います。考えられる学びの場とそれぞれの場の子どもにとっての利点と保障されないことを整理し、妥当な選択ができるよう支援することです。
②三層モデルの採用
通常の学級で学ぶ場合、子どものニーズに応じた教育を保障することは容易ではありません。教師は基本的に一人で授業をするので、それぞれのニーズに応じた教育を提供することは困難です。かといって、障害などを理由に特別な教育を提供することは適切ではありません。そこで、同じ条件で教育し、結果から段階的に特別な対応をすることが妥当と考えます。三層モデルはインクルーシブ教育を実施している国ではよく見られる教育システムです。このモデルが機能するためには、学校全体で運用するシステムを構築することです。
③二重籍
特別支援学校の児童生徒のほとんどは、住んでいる地域の小中学校の児童生徒との交流がありません。学校間の交流および共同学習で一緒に活動する機会はあるのですが、かなり限られています。そこで、特別支援学校の児童生徒に、校区の小中学校にもう一つ籍を保障し、通常の学級で学びやすくすることができます。すでに実施している自治体も少なくありませんので、今後増やしていくことが望ましいでしょう。
④支援学校のセンター化
令和4年度現在、特別支援学校在籍児童生徒数は増え続けています。しかしこのまま増加傾向が続くことは考えにくく、すでにその予測できる変化もあります。例えば新潟市は知的障害の特別支援学校対象者を重度の知的障害に限定しています。これにより他の自治体で特別支援学校対象と判断される実態の児童が特別支援学級判断になる事例が増えています。児童生徒数の減少が続いた場合、特別支援学校の役割としてセンター機能の充実があげられます。つまり、地域の学校のインクルーシブ教育充実のために、専門機関として支援を強化する役割の充実化です。
⑤支援学級から支援教室(リソースルーム)へ
図1にリソースルームの存在が示されています。リソースルームとは通級指導教室のような存在で、通常の学級で提供することがむずかしい指導や支援を保障します。例えば、算数の時間だけここで個別学習するとか、必要最小限の利用ができます。もちろん在籍は通常の学級です。
様々提案しましたが、これらの実現には国民の意識、理解啓発が欠かせません。学校における多様性を認め共生社会の実現、それがインクルーシブ教育であること、その内容を正しく理解することが重要です。
文献
長澤正樹(2017) 特殊教育、特別支援教育、インクルーシブ教育システム、インクルーシブ教育。信濃教育,1578,1-8.
長澤 正樹(ながさわ まさき)
新潟大学教職大学院・教授
新潟大学教職大学院に所属し、教員養成に当たっています。専門領域は特別支援教育で、発達障害などにより、支援を要する子どもの教育の在り方を研究しています。くわしくは長澤研究室HPをご覧ください。